投稿した人:谷本憲司/神戸 on May 22, 2003 at 06:36:37:
【「暴言」と「謝罪」の間で】
私は他人から「総会屋」などと、間違った批評を受けるつもりなど、まったくない。そんな悪評をするにあたり、人前でとか陰でとかも、なんの関係もない。私は、そもそも他人から「総会屋」などと失礼な言葉を投げつけられるようなルール違反は一切していない。
執行部答弁のしかたは、私に言わせれば、ときには勉強不足だ。質問と答弁がきちんと噛み合わないこともままある。そんな場面で、場内からの「議事進行」なんぞの不規則発言は、納得できないものだ。「ちゃんと答弁しろ」なんてヤジは聞いたことがないが、税理士会の総会は、その程度のかわいらしさだ。議長が時間を気にして議事を進めようしている場面でなくても、「議事進行」などと喚く御仁もいる。よほど「議論」や「討論」が嫌いなのだろう。
議場での笑い声、これはいつでも歓迎だ。笑いは緊張と弛緩の落差で起こるものだ。議場での笑い声は、潤滑油だから、むしろ望ましい。議論や討論での場の笑いは、べつだん珍しくもなんともない。笑いが起こった。それだけのことだ。ひねくれて解釈して、質問者に向けられた冷笑だと思う御仁もいたが、そこまで思い込むこともなかろうよ。
他人を批評するにさいし、自分の気持ちのままに正直に述べればそれで事が片付くことは、先ずないものだ。吐かれた相手にすれば、「暴言」かもしれないではないか。感じたまま口にするなんぞ、まるで子どもだ。あまりにも素朴すぎる処世術で、成熟した大人の発想ではない。あえて断っておくと、ここでいう処世術はべつだん功利主義なんぞ含まない。哲学者が使うような述語に過ぎない。
暴言を吐くことで他人に迷惑をかけて、それを謝罪するのが目的なら、そのように振舞うのが、成熟した大人というものだ。そんな場合には、自分の気持ちよりも相手の気持ちを推し量ることが優先することは、この世に生きる作法というものだろう。そんな作法を持ち合わせない御仁もたんといる。だから、暴言を吐くことにもなるのかもしれないが…。
謝罪するべき立場の御仁がその謝罪の弁として、人はお互いに考えや思いが違う、と述べたことがあった。そんなことは当たり前の話だ。謝罪にさいし、そんな当たり前を持ち出しても、何の言い訳にもならないものだ。これもまるで子どもだ。成熟したおとなには、ほど遠い態度だった。まぁね、何かのはずみで、たまたま、そうしたのかもしれないが。
物事は分かる人には分かるし、分からん人には分からない。「分かること」を教えることはなかなかできるものでない。そして「分かる」人には、ことさら教える必要もない。人は考えたいように考え、思いたいように思う存在ではある。






