投稿した人:谷本憲司/神戸 on April 24, 2003 at 03:44:31:
【わけのわからん言葉】
阪神大震災後半年も過ぎていた頃のことだ。私は住居が全壊して難儀な毎日を依然として送っていた。地震後は、住み慣れた我が家に寝泊りすることなんぞ、夢のまた夢という有様だった。縁続きとは言っても他人の家屋に間借りして生活する窮屈さは体験した者でないと分かるものでない。そんな日常の中での出来事だった。
それは、私の加入している税理士の任意団体でのことだった。私はパソコンをまだ持っていなかったが、パソコンに関する知識だけは何かにつけて習得しておくことにしていた。ほかのテーマは棚上げして、震災税務にしろ、実務に間に合うことだけを望み、その任意団体への出席は見合わせていたのだった。
ところが、テーマがパソコンともなると、その後も案外参加者は少なかったのだが…。ともあれ、私は秋口になって、パソコン研修のための会合へ出席した。「生きとったんか!」。途端にこんなセリフを私は聞かされた。地震後初めての顔合わせだ。こんなことを口走る御仁の気持ちは、未だに訳が分からん話である。
軽口のつもりかもしれないが、冗談じゃない。1945年戦後の焼け跡に立つ戦友なら、十分に成り立つ会話にはちがいない。周りは焼け野原で、人々は一様に貧しかった。相互に丸裸状態で、「よく生きていたな!」という思いには共感できるものがある。当時は通信手段さえ、ままならかったのだ。
けれども、地震に家屋が揺さぶられたにしても、いち早く立ち直り、わが家での生活が継続している境遇と、住宅全壊で住居に難儀している私の境遇とは天地ほどの懸け離れでないのか。いまの豊かな社会での悲惨な境遇者に対しては、くだらん軽口なんか言葉にするくらいなら、無言のほうがはるかに増しだ。
阪神淡路震災は悲惨な出来事だった。しかし、それぞれの復興回復の過程で、他人の消息が気になるのなら、いかようにしても尋ねる努力くらいしてもいいではないか。たまたま半年以上も経って、地震後初めての顔合わせなのだ。「生きとったんか!」など、聞きたくも無い冷酷な言葉だった。なんの慰めにもならず、ひとを傷つけるだけの、訳の分からん言葉だった。






